アルジェリア政府の"大義"とは!?

2013.01.24 (木) 08:52 仕事日常

おはようございます@ハラダです。

中東アルジェリアで起きた天然ガス工場におけるイスラム系武装勢力による一連のテロ行為、
如何なる理由があれ到底許される行為ではありません。

「国の根幹を死守する」という大義名分を振りかざし、
良い解釈で例えるならば迅速に、悪い解釈で例えるならば手段を選ばず何の罪もない多くの人質の犠牲の上に成り立ち沈静化させたアルジェリア政府・・・。

答えは一体何なのか?

国か、それとも尊い命か、、、一体何が優先順位なのか、
そしてそもそも優先順位という感覚も抱いてはいけないのか、色々と考えさせられます。

現場はまさにそこにいた方々、当事者でなければ決断できないものです。

これを会社に例えることはあまりにも乱暴でありますが、
残念ながら当てはまってしまうこともあるのではないでしょうか!?

アルジェリア政府の姿勢として、
テロリストには一切の妥協を許さず断固たる姿勢で臨み、
国の根幹を揺るがすものは多くの罪のない人々の犠牲を払ってでも国を守るというのは誰から見ても周知の事実・・・。

それが時には罪のない外国人でも特例はないということでもあり、
残念ながらこの国ではこの思想が歴史的背景からもはや常識化と化し、
いわゆる“正義”となっているのです。

つまり、
一般常識である「人命最優先」というのは少数として解釈されてしまい、
アルジェリアではこの「人命最優先」という一常識としての価値観を捨てなければ、
生きていけないということが今回の一連のことによって世界中に再認識させられたのであります。

個々の企業、
個々の個性というのはある意味常識の価値観の違いを明確に発信し、
これを差別化→独自路線を確立できる企業こそが支持される一因というのも紛れのない事実が存在するのであります。

私は決して今回のアルジェリア政府の一連の軍事行動を支持している訳ではありません。

しかし、
アルジェリア政府は優先順位として国を最優先として選択し、
これを死守するためならば罪のない人命の犠牲も厭わず、
世界中から非難されることを覚悟の上で独自の“大義”を主張し正当化させようとすることで、
自国の信念を貫いているのでしょう・・・。

“大義”とは、
時には時には様々な物の犠牲の上で成立しているということが、
今回の件で残念ではありますが証明されてしまったのではないでしょうか!

経営者、
あるいは経営幹部の方々も、
個々の所属企業の正義を貫くための“大義”を守るため、
何かしらの犠牲を払っている数少ない方々なのです。

企業の“大義”、
まずは企業を何が何でも死守する、
そのためには非難されようが格好付けずに形振り構わず、
何か大切な物を失ってでも守るべき社員や家族のために一心不乱に死守するための行動に邁進できる人こそが、幹部あるいは経営者として選ばれているのではないでしょうか!?

つまり、腹を括り覚悟を抱くと良くも悪くも突き進むのみなのですね・・・。

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